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/ MacUser Mac Bin 36 / MACUSER-MACBIN36-1996-11.ISO.7z / MACUSER-MACBIN36-1996-11.ISO / READER'S GALLERY / 神奈川県 羽太庄作 / 騙されたら騙されたで…
Text File  |  1996-08-12  |  6KB  |  37 lines

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  14.  雰囲気。あなたはご存じか。無論ご存じのことと思う。「何だが、幽霊でも出そうな雰囲気だな」の雰囲気。「あの二人、なんかいい雰囲気じゃないか」の雰囲気。「こういう畏まった雰囲気、おれ、苦手だな」の雰囲気。「あいつが来るとさ、いつも変な雰囲気になるからやなんだよな」の雰囲気。
  15.  敢えて訊く。これを何と読むか。訊くまでもないことだが、敢えて訊く。これを何と読むか。勿論「ふんいき」と読む。裏から読んだって「ふんいき」だし、逆さにしても「ふんいき」だ。眼をつぶって読んでも耳で読んでも、背中で読んだとしても「ふんいき」としか読めないのだ。 誰が何と言おうが「ふんいき」なのだ。
  16.  ところがだ。ところがところがところが、ところがこれを「ふいんき」と発音する人を最近テレビでよく見掛ける。嘘ではない、見掛けるのだ。私が言うのだから間違いない。「ふいんき」。これは不陰気でもなければ婦陰気でもなく、父陰飢でも孵允亀でもないのであって、それどころか歩淫鬼でも麩飲機でも夫胤姫でもないのだ。かといって怖隠机でも浮陰樹でも腐院規でもないし、俘咽旗や布印祈でもないだろう。従って扶因愧でもなければ不印記でもなく、ましてや赴淫期であろうはずもなく、断じて訃陰忌ではないのだ。新語、造語の類いではなく、間違いなく雰囲気の意味で「ふいんき」と言っている。あと一世紀もすれば「ふいんき」の方が主流になるかもしれない。
  17.  別に私はこれを嘆じているわけでは少しもない。気にならないわけではないが、怒りを感じるわけでもなく、彼らの無知を笑うつもりもない。それがどう変化しようが構わないし、止めさせめようと思ってもできるものではない。言葉は生き物だから変化するのは当然なのだし、そうでなければ言葉は死ぬ。常に変容し進化し続けてこそ言葉は生きていられるのだ。だから標準語などというのはあってないようなもので、あんなものはただの記号でしかなく、味もそっけもない言葉としては下の下のそのまた下の、遥か谷底に転げている誰にも顧みられないような小さな小さな石ころよりもつまらないものだ。いやいや、それでは石ころに対して失礼だ。石ころひとつにも地球の歴史、宇宙の歴史、更にはこの世界の歴史が重過ぎるほど重く、深過ぎるほど深く刻み込まれている。標準語などはそれに比ぶべくもないほどつまらないちっぽけなものでしかない。ことほど左様に標準語とはつまらないものなのだ。実につまらない。つまらないに決まっているのだ。
  18.  ニュースなどがいい例だ。ニュースなどで話される言葉は、情報を正確に伝達するという言葉の持っている機能のごく一部分だけを、それこそ宇宙全体に対するクォーク一個の割合といってもいいほどのごく一部分だけを重視しているので本来的な意味での言葉とは異なり、やはり記号といった方がいい。言葉の多義性や多様性などを剥ぎ取らなければ情報が正確に伝わらないからだ。ニュースの言葉の質量を一とするなら、本来の言葉の質量は無限大だ。
  19.  最近若者の言葉が乱れているなどというが、果たして乱れていると言えるのか。乱れているとしても乱れてなぜ悪いのか。それに乱れない言葉などというものが存在するのだろうか。それが標準語だというなら話にもならない。先にも書いたが標準語は言葉ではないのだから。「おでこ」という語があり、額という意味で使われているが、本来この語は額が出ていることをいうので額の意味で「おでこ」というのは間違っているということになる。「だらしない」という語も元は「しだらない」で、それをひっくり返してだらしなくなったのだ。「しだらない」は消えてしまったが「ふしだら」という語はまだ残っている。ことほど左様に言葉は乱れるものなのだ。乱れに乱れてしっちゃかめっちゃかの大乱闘、有象無象の一大狂言となってこそ言葉が生きてくるのではないか。アスファルトの隙間から生えてくる雑草のように次々と新たな言葉が誕生し、洗練されて必要なものだけが残り不要なものは消滅する。それこそ言葉が言葉として存在し、正しく機能している証拠ではないか。ら抜きなども実によくできており、乱れているというより進化しているではないか。むしろ言葉が変化せずに固定化してしまうことの方が余っ程恐ろしく、それでは文学は成立せず、ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』も生まれなかっただろう。文学どころか文化も成立しないだろう。そう、そこからは何も生まれてはこないのだ。実に全く何も生まれてはこないのだ。即ち時間の停止、空間の消滅なのだ。
  20.  今ある世界は流転する言葉のお陰なのだ。この世界をこの世界たらしめているのは言葉なのだ。多田富雄氏言うところのスーパーシステムとしての言葉の賜物なのだ。流転する言葉の流れは絶えずしてしかも元の言葉にあらずなのだ。実に全くそうなのだ。そうなのだから仕方がない。
  21.  言葉がなければ何物も存在することはできないのだ。存在すらも存在できないのだ。できないのだ。できないと言ったらできないのだ。文句は一切受けつけない。
  22.  ここまで妄想が膨らんだところでむむむ、と私はひとり唸って言葉を枕に眠りに就く。
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  25. 【デスクトップの向こう】
  26.  またまたツマラナイものができてしまった。このような形式の小説がかつてあったかは寡聞にして知らないが、あまりにもくだらな過ぎて誰もやっていないのかもしれない。いや、世界は広い、きっと誰か先達がいるに違いない。私のは単なるディレッタンティズムに過ぎず、自慰的余技というような代物でお粗末としか言いようがなく、誰にも顧みられずにひっそりと静かに朽ち果てていくのが相応しい。それでも誰かの眼に少しでも止まりたいと、おこがましくも思っている。だからこそ笑われるのも承知でこうして投稿するのだが………
  27.  ただ、一応は眼を通さなければならない編集者の方に申し訳ないばかりだ。とにかく読まれることを期待しつつ、むむむと私はひとり唸ってまたまた深い眠りに就く。むにゃ…
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  30. −付録−
  31.  ここにはAppleScriptのスクリプトとアイコンが格納されている。スクリプトは以前紹介した拙作<ファイルタイプ変更>をリニューアルしたものと、もうひとつそれと対になる新たに作ったものだ。アイコンはカラーRead Me ファイルアイコンと例の如くジャズジャケットアイコン。お手隙の方はご覧頂きたい。
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  34.                        平成八年丙子八月十一日 羽太庄作(はぶとしょうさく)
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  37. お詫びと訂正……MACBIN 33Aに掲載された拙作<ファイルタイプ変更>のRead Meファイルにドラッグするとありますが、ドロップするの誤りです。また『騙されたと思って…』に『言語と認識のダイナミズム−ウィトゲンシュタインからクワインへ-』の価格が二千九百六十円とありますが、三千二百九十六円の誤りです。ここに深くお詫び申し上げます。